能穏やかな七尾湾の海から湧き出す和倉温泉(石川県七尾市)。国内有数の温泉地は今も、能登半島地震の影響で主な20旅館のうち11館が宿泊営業を再開できておらず、2028年の全旅館再開をめざしている。
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今回の地震で和倉温泉は、海沿いに旅館が並び立つ七尾湾の護岸が崩れ、建物が傾くなどの甚大な被害に遭った。休業中の11館は建て直しなど復旧工事の途上にある。
休館を余儀なくされている老舗旅館「加賀屋」は、国の助成金や在籍型出向制度を活用しながら従業員の雇用を維持。中には住み慣れた地元を離れ、全国各地の出向先で活躍している人も少なくない。
「最高のおもてなしをご提供するためには、社員が幸せでなければいけない」。同社の信条を胸に奮闘する人事課長の奥田健裕さん(48)は、「皆、懸命に耐えている。営業が再開できるまでの間に、より良い職場環境をつくり上げることが私の仕事」と力を込める。販売部門で同社の経営を下支えする竹田清志さん(50)は震災直後、通販サイトの早期再開に尽力。その時に寄せられた「お客さまからの温かなエールに応えたい」と決意する。
ひと足早く、昨年4月に再開した旅館「TAOYA和倉」の調理場で働く竹田政美さん(70)と久保静江さん(69)は、「和倉の売りは思いやりと笑顔のおもてなし。早く復活せんと」と口をそろえた。
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和倉温泉の旅館経営者らが描く復興の形は、施設の復旧だけにとどまらない。発災2カ月後に策定した「和倉温泉創造的復興ビジョン」は、“めぐる力”を地域再生の軸にした。食をはじめとする能登半島各地の観光資源と温泉街をつなぎ、旅行者が市内と奥能登を巡る動線の創出などを掲げた。
温泉街に構える人気ジェラート店「能登ミルク」の堀川昇吾社長(62)は、「街歩きの仕組みを今から準備している」。以前は朝食用のヨーグルトを旅館に納品していたが、震災でその分の売り上げはゼロに。それでも堀川社長は「動かなければドラマは生まれない。和倉は必ずリバイブ(復活)する」と笑顔を見せる。
■「公明議員から勇気もらった」/観光協会の奥田会長
再建の道は険しいが、着実に前進している。昨年の後半には「美湾荘」「ホテル海望」が客室を一部再開。護岸の復旧工事も一部完了した。“再建に立ち向かう和倉の今を見てもらうために”と企画された「復興ツアー」には昨年、全国から約2500人が参加した。
和倉温泉観光協会の奥田一博会長(46)は「応援してくれる全ての人に感謝しかない。中でも公明党の議員には本当に勇気をもらった。発災直後、最初に来てくれた国政政党だった」と語る。復興の“一丁目一番地”とされていた護岸修復の早期着手を公明党が後押ししたことにも謝意を示す。28年の全旅館再開までに「どこまで街づくりが進むかが勝負どころ。創造的復興へ、最重要の1年との覚悟をもって臨む」と前を向いている。
■復興遂げるまで支え抜く/赤羽一嘉公明党副代表
和倉温泉は観光立国を支える温泉地であり、コロナ禍前には年間約100万人が訪れた。能登半島全体の観光業の要を担う拠点であり、その復興は奥能登を含む被災地のなりわい再建や雇用の創出にも波及する。
公明党は発災直後から被災地に足しげく通い、要望を受け止めてきた。かつてのにぎわいの回復をめざし、旅館の公費解体や再建、護岸の復旧、創造的復興ビジョンの策定などを全力でバックアップしてきた。その姿勢は、復興を成し遂げるまで変わらない。
高齢化率が高く人口減少・過疎化も進む能登半島の復興には、さまざまな課題が山積するが、だからこそ和倉温泉の復興を契機に関係・交流人口を増やしていくことが重要だ。公明党は被災者に寄り添い、能登半島の復興を執念で支え抜く決意だ。登地震2年 現場からの報告
