ドライバーの休憩場所にとどまらず、新鮮な農水産物などの特産品や地域の観光資源を生かして“にぎわい”創出の拠点になっている道の駅。現在は、広域的な防災機能を有する「防災道の駅」も全国に続々と広がっている。昨年の能登半島地震で重要な役割を担った「のと里山空港」(石川県輪島市)を取材した。
■空港と一体の「のと里山」/能登地震で救援や復旧へ貢献
能登半島の玄関口として親しまれている、のと里山空港は現在、能登―羽田便が1日2往復している。地震前と同じ便数に戻ってはいるものの、地面の一部が隆起した敷地内の様子を目にして、地震の爪痕を感じた。
2003年7月、県が管理する地方管理空港として供用が始まり、同8月に空港では初めて道の駅に登録された。奥能登の輪島、珠洲の2市、穴水、能登の2町の中間に位置し、観光客だけでなく地元住民も立ち寄れる交流拠点として、にぎわい創出をめざしている。
また、空港には奥能登総合事務所などの行政庁舎も合築しており、県は災害時受援計画で広域物資輸送拠点に位置付け、施設の耐震化や非常用電源装置、雨水の貯水タンクなどを整備。21年6月には、国交省から防災道の駅の選定を受けた。県議会では、公明党の小松実議員が議会質問などを通して、道の駅の防災機能強化を訴えてきた。
■水洗トイレある“唯一の場所”
24年1月1日の能登半島地震では、こうした防災機能が生かされた。発災の翌2日、上水道は断水していたが、非常用電源を使い、貯水していた雨水をくみ上げ、施設内のトイレが使用可能になった。奥能登総合事務所企画振興課の森岡範光課長は「奥能登で水洗トイレが使える“唯一の場所”となり、避難者だけでなく、支援者にも役立った」と振り返る。
■物資・人員輸送などの拠点に
奥能登では道路が寸断され、陸路での支援が困難な事態も生じた。孤立した集落に向かう自衛隊ヘリが物資や人員を輸送するハブ(拠点)として、空港の滑走路を活用。また、国土交通省の「道路啓開支援センター」が開設され、駐車場には、がれきを取り除く作業車両などが集まったほか、自衛隊や消防隊、通信事業者らの活動拠点となった。
■団体旅行向けに教訓の“語り部”
県は、地震への対応や教訓を伝えるため、団体旅行向けのプログラムを用意しており、森岡課長は“語り部”の一人として日頃の備えの重要性を訴える【写真】。「空港にいる民間事業者と行政職員が協力し、臨時避難所として約600人を受け入れた。事前の備えと普段から官民が連携していたおかげで、想定よりうまく対応できたと思う」
■国交省、79カ所選定/交付金で設備整備を支援
国交省は全都道府県に1231カ所(12月19日時点)ある道の駅の中から、43道府県の79カ所を広域的な防災機能を有する防災道の駅として選定している。21年に39カ所を初選定し、今年5月に40カ所を追加した。
防災道の駅は、都道府県が地域防災計画などで広域的な防災拠点として位置付けた道の駅。災害時に支援活動のスペースとなる駐車場の広さが2500平方メートル以上あることや、駅の設置者である市町村と道路管理者の役割分担が定まった事業継続計画(BCP)の策定などを要件としている。
今年5月に国交省が追加選定した40カ所には、要件を満たしていない駅も含まれているが、今後3年程度で必要な機能や体制が整う見通しだ。国は、駐車場、トイレ、備蓄倉庫、通信設備など防災機能の整備を重点的に交付金で支援する。
防災道の駅の初選定を発表した21年6月の記者会見で、当時の赤羽一嘉国交相(公明党)は「各都道府県で1から2カ所程度、全国で約100カ所程度を『防災道の駅』として選定することを想定している。今後とも防災・減災に資する社会の実現ということで、この政策を進める」と意欲を示していた。
■公明、国と地方の連携で機能強化
公明党は、各地の議員が議会質問などを通して道の駅の防災機能強化を推進するとともに、国会では防災道の駅を拡充するよう訴えてきた。今年9月には、党国交部会の中川宏昌部会長(衆院議員)らが、埼玉県内唯一の防災道の駅「べに花の郷おけがわ」を視察するなど、広域連携の強化へ精力的に動いている【写真】。中川部会長は「交通の要衝である道の駅は、被災地の支援・復旧の生命線となる。党の国と地方のネットワークを生かし、自然災害から命を守る取り組みをさらに進める」と話している。
